熱い思いでトマトを冷やせ 〜ヒートポンプがつむぐトマトの未来〜

熱い思いでトマトを冷やせ 〜ヒートポンプがつむぐトマトの未来〜 イメージ

 ヒートポンプをトマトのハウス栽培に活用し、品質の向上や収穫量の増加につなげる取り組み。栽培の低炭素化に寄与するだけではなく、商品に付加価値をつけ、農家の収益アップを後押しするヒートポンプ活用の最前線を取材しました。

東北・新潟でのヒートポンプ導入拡大のために

 東日本大震災以降、東北では被災農地の利活用としてハウス栽培の導入が進みました。
 ハウス栽培では露地での栽培に適した時期以外にも栽培ができますが、ハウス内を生育に適した環境に保つ必要があり、多くのエネルギー(大半は冬の暖房用途)を必要とし、その大部分を石油などの化石燃料に依存しています。この暖房設備において、2008年の石油高騰などを機に西日本を中心に省エネルギーなヒートポンプの導入が進みましたが、寒冷多雪の東北・新潟ではヒートポンプの暖房効率が低下することから、普及が進まないという課題がありました。
 そこで研究開発センターでは、東北・新潟の気候に適した暖房以外のヒートポンプの活用方法を確立することで、農家の収益向上を後押しするとともに、ハウス栽培へのヒートポンプの導入拡大を目指しています。

東北・新潟でのヒートポンプ導入拡大のために イメージ1

ビニールハウス脇に設置されたヒートポンプ室外機

ヒートポンプ活用によるトマト栽培への効果

 トマトは健康面での効果に関心が高まっていることを背景に、全国的に人気で生産量・消費量ともに高いレベルをキープしている野菜ですが、ハウス栽培においては高温・高湿で生育不良になりやすい夏の暑い時期が終わってから苗を植えることが一般的でした。この結果、露地で栽培されたトマトの出荷が終了する9月ごろからハウス栽培されたトマトの出荷が始まる11月ごろまでの間(端境期という)、トマトが収穫できず市場で品薄になり、販売価格が上昇する傾向にあります。

ヒートポンプ活用によるトマト栽培への効果 イメージ1

 そこで2015年、研究開発センターは「昼間暑くても夜間は温度が比較的下がりやすく、暑い期間もそれほど長くない」という東北・新潟の気候特性を踏まえて、この品薄時期に合わせて質の良いトマトをたくさん出荷することを目指し、ヒートポンプを使用したトマト栽培の実証実験を行いました。
 この実験は、苗を植える時期を晩夏から初夏に早め、夏の暑い時期はハウスに設置されたヒートポンプで夜間の冷房・除湿を行うことでトマトを生育不良などから守り、品薄時期に収穫されるトマトの量や品質が冷房・除湿不使用の場合と比較してどのように変化するかを観察し、また収支についての評価(電気料金などのコストの増加、トマトの販売収入の増加)を行うというものでした。
 この実験により、9〜11月の収穫量が、冷房・除湿不使用の場合と比較して37%程度増加、大きさや色づきなどの品質が向上(Aランク品のトマトが8%増加、裂果も減少)したほか、収益面においても年間で7%程度の収益アップという成果を得ることができました。
 この実験結果などをもとに研究開発センターは2017年にこのハウス栽培方法を確立し、法人営業部と連携しつつ、生産者や関係機関、団体等へのPRを展開しています。
※果実が割れてしまうこと。湿度が高くなると発生しやすくなる。

ヒートポンプ活用によるトマト栽培への効果 イメージ2

高糖度トマトにも応用

 研究開発センターは今般、ヒートポンプ活用によるトマトの収穫時期の前倒しを「高糖度トマト」の栽培に応用する実証実験を行いました。
 今回の実験内容およびその成果について、研究開発センター(電気利用)の四方田(よもた)さんにお話を伺いました。

高糖度トマトにも応用 イメージ1

──まず、実験対象となった「高糖度トマト」について教えてください。

 「高糖度トマト」とは、糖度5前後の通常のトマトに対して、糖度8を超えるようなトマトのことで、フルーツトマトとも呼ばれます。高糖度トマトは特別な栽培方法で栽培され、通常のトマトに比べて生産量は落ちますが、味が良く根強い人気があり流通量も少ないため高値で取引されるのが特徴です。

──実験の概要について教えてください。

 トマトは全国的に大規模ハウスでの栽培が増加してきていることなどから、生産者間の競争が厳しくなってきています。そこで、すでに確立したヒートポンプ夜間冷房・除湿を利用した端境期出荷の技術を、より付加価値の高い高糖度トマト栽培に応用することで、他地域とのさらなる差別化を図ることを目指して行いました。とはいえ、我々も高糖度トマト栽培のノウハウはなかったので、すでに高糖度トマトを栽培している生産者の方からご指導をいただきながら実験を行いました。

──実験の結果はどのようなものでしたか。

 この実験により収穫されたトマトは、甘いだけでなく糖度と酸度のバランスが良い「濃い味」に仕上がり、GABAなどの機能性成分の増加も認められました。一般的な高糖度トマトの流通時期よりも2カ月程度早い10月中旬から収穫できたということもあり、収益性については宮城県の中小規模ハウスの一般的な栽培の場合と比較して「年間で31%程度の収益アップが期待できる」という成果を得ることができました。
 研究成果はこれまでの端境期出荷の成果と合わせて、法人営業部と連携しながら生産者の皆さまにPRしていきたいと考えています。

──今回は一般の生産者による試験栽培も同時に行われたそうですが。

 苗数などの詳細は異なりますが、同様の試験栽培を一般の生産者さまにも実施いただきました。実験結果について「夜冷は作物の生育にプラスとなり、有効性を実感できた」「経営にプラスとなった」といった評価をいただいています。

──その他、実験結果について反響はありましたか。

 今回の成果は、電気新聞や日本経済新聞などに取り上げていただいたほか、(一社)農業電化協会主催の農業電化研究会でも発表を行い、問い合わせをいただいています。

──ヒートポンプの普及拡大に対する思いをお聞かせください。

 私たちが提案するヒートポンプの冷房・除湿を利用したトマト栽培は、あくまでもヒートポンプの活用法の一つにすぎません。今回のような事例を通じて、ヒートポンプは単なる暖房機器ではなく、色々なことに活用できるということを生産者の皆さまに知っていただき、様々な使い方を見出していただくきっかけになればと考えています。
 今後も私たちが生産者の皆さまによりそい、少しでも力となっていくことが、東北・新潟地域の施設園芸におけるヒートポンプの普及につながっていくと思っています。
高糖度トマトにも応用 イメージ4

四方田さんの机。トマト栽培や農業に関する本が多い

──ありがとうございました。

ヒートポンプ活用を実践しているトマト農家さまへお話を伺いました

 東日本大震災以前から当社のハイブリッド暖房(石油+ヒートポンプ)の実態調査などにご協力いただき、トマト栽培へのヒートポンプ活用の実証実験などでもご協力をいただいている、あかい菜園(福島県いわき市)の船生典文(ふにゅう のりぶみ)代表取締役にもお話を伺いました。

ヒートポンプ活用を実践しているトマト農家さまへお話を伺いました イメージ1

──はじめに、あかい菜園さまについて教えてください。

 この菜園の母体となった会社は元々地元でカーナビゲーション装置などの部品製造を手がけていた会社なんですが、海外生産が増えて地元での雇用の維持が難しくなってきたこともあり、新規事業として農業を立ち上げることになりました。私はそのころUターンでこの会社へ入ったのですが、会長(創業者)の農業参入への強い希望もあり、新規事業の責任者に任命されたのが始まりです。

 あかい菜園は2009年の12月に稼働を開始して、10,000㎡と5,000m㎡の2つのハウスでトマトを栽培して各所へ出荷しています。またトマト生産に伴って発生する、養分の残った養液や使用後の培地などを再利用してチンゲンサイなども栽培し、トマトと合わせて菜園の直売所で販売を行っています。

──ヒートポンプの活用方法について、「夜冷・除湿機能を活用して端境期の9〜11月にトマトを出荷する」というアイデアはあかい菜園さま側からご提示いただいたものと聞いています。

 元々トマト栽培においてはトマトの品質や収穫量に温度が大きく関係していることは知っていたのですが、花卉(かき:観賞用の花などのこと)栽培では夜間に冷房を行うことが一般的だったことから、これをトマト栽培にも応用できないかと思ったのが始まりです。あとはヒートポンプ設備を導入するにあたり基本料金が一年中かかることから、暖房以外の季節もなるべく設備を稼働させたかったということもありました。

──高糖度トマトへのヒートポンプ活用についてはどうお考えですか。

 高糖度トマトは通常のトマト栽培と比べて温度などの条件が一層厳しいので、細かく制御しやすいヒートポンプは適しているかもしれません。

──現状、トマト栽培で課題だと感じている部分はありますか。

 夏のトマト供給の難しさです。冬は元々暖房さえすれば品質や収穫量を確保しやすい環境だった中で昨今の暖冬傾向もあり「トマト余り」が加速していますが、一方で夏のトマトは供給量が減少していて、価格も高騰しています。夏は以前だと北海道が沢山出荷していましたがこのところ減少していて、特に去年の猛暑では全国的にトマトの収穫量が減り、ひどいと8割減というところもあったと聞いています。取引先のバイヤーもとにかく暑い時期の出荷数を求めていて、「東北だから気温が低くて生産できるだろう」と思われている節もありますが、なかなかそうはいかないのが実態です。
 「夏を制するものがトマトを制す」という感じになってきています。

──昨年は大変な猛暑でした。日中の暑さは問題にならないのでしょうか。

 長い間(2〜3日)ずっと高温にさらされない限りは大丈夫なので、夜だけでも冷房ができればトマトのストレスはかなり緩和されるはずです。逆にトマトは気温の差で美味しくなりますので、夜間さえ冷やすことができればポテンシャルがあるかもしれません。

──その他、収益拡大のために行われている取り組みなどはありますか。

 エネルギーを始め様々な費用が増加しているだけでなく、トマト(特に大玉トマト)の市場価格も下がりつつあるので、収益が拡大できるような販売先を検討しています。具体的には市場へ出荷するよりも高値での取引が見込める大手の小売店や飲食チェーン店との直接契約を志向しています。そのような取引先は品質や環境に対する取り組みへの要求レベルが高く、また消費者からのイメージを考慮してか土耕栽培※1が好まれがちですが、当社は養液栽培※2なので、養液栽培による品質の高さや安定性などをアピールして交渉しています。
 また、高齢化による農家の引退によって供給量の減少が見込まれる作物を栽培して、新たな収益源にする取り組みも始める予定です。
※1:土と水、肥料を用いて育てる一般的な栽培方法
※2:ヤシ殻などの培地を用いて、水に肥料を溶かした液状肥料(培養液)として与える栽培方法

──当社研究開発センターとのパートナー関係はどのようにして始まったのでしょうか。これまでの関係でよかったことや、今後の当社へ期待されることについて教えてください。

 お付き合いのある設備業者さんから、東北電力の実証実験に協力しないかというお話をいただいたのが最初です。ヒートポンプやその運転方法に関する知識は全くの素人だったので、渡したデータを読み込んでもらって、ヒートポンプ活用を最適化するためのいろいろなフィードバックや提案が得られるので、とても助かっています。この取り組みを今後も継続していきたいです。
 いずれはトマト栽培も化石燃料から脱却していく必要があると思っていますので、ヒートポンプの更なる性能向上もさることながら、電気が安定的に安く提供されることを望んでいます。
ヒートポンプ活用を実践しているトマト農家さまへお話を伺いました イメージ13

研究開発センター四方田さん(左)とあかい菜園船生さま(右)

──ありがとうございました。

取材を終えて

 トマトのハウス栽培におけるヒートポンプの活用は、東北・新潟の気候特性を武器に電化の推進と農家さまの収益アップを同時に達成し、更には栽培の低炭素化にも寄与する、まさに「三方よし」な取り組みでした。今後の展開にもぜひ期待したいところです。
※相手・自分・社会のすべてに貢献することを表す言葉。

取材を終えて イメージ1